「この軍は本当に常識はずれだな…」
某国の王女が呟く。
その女性の前にいるのは『軍』に相応しくない少年。
そして女性は、『軍』の敵であるはずなのに、捕虜でなく保護されている。
これはイザークの王女アイラと、一人の少年のちょっとしたお話……。
「そうだよね〜。おかげでおいらは助かるよ」
少年ののんびりとした声に、思わず眉間に皺がよる。
「…デュー…といったな。お前に訊きたいことがある」
「何?アイラさん」
「何故お前はここにいる?」
ここはマーファ城手前。軍の責任者であるシグルド達とは離れて、ここまで来た。
「アイラさんが一人で歩いて行くのが見えたから」
アイラの眉間の皺が深くなる。思わず溜息が出た。
保護されるだけは性に合わない彼女は、戦になる前に少しでも敵の数を減らそうと考えて来たのだ。
イザークは剣士の国。王女であるアイラも例外ではない。女であっても男に引けを取るような娘ではなかった。
「デュー、私は遊びに来たわけじゃない。兵士でもないお前は帰れ」
「嫌」
「邪魔だ」
「邪魔にはならないよ」
「お前は武器をろくに使えないだろう。武器を使えない者が戦場に立つな」
「ここは戦場じゃないよ?」
「もうすぐ戦場になる」
「一人が幾人かの敵を相手にする…無謀だね」
「偵察用の一部隊ぐらい問題ない」
「アイラさん強いもんね」
「…もう一度言う。邪魔だ。帰れ」
「嫌」
怒っているアイラとは対象的に、デューは始終笑って…微笑んでいる。
それが尚更アイラを苛立たせた。
剣に手が伸び、その刀身をデューの目前に晒す。
「帰る気がないなら、私がお前を切る」
剣技には自信がある。だが他人を庇いながら戦うには限度がある。
アイラには守るべき大事な者があった。兄から預かった大事な甥。幼いその双肩には自国の未来が掛かっている。
この少年に足を引っ張られて死んでしまうぐらいなら、今ここで少年を切ってしまった方がましなのだ。
刀身が日を反射し、眩しく輝く。
アイラは、剣を抜けば流石にデューも諦めて云うことを聞くだろうと思っていた。
――そう思っていたのに――。
「テストする?」
少年の反応は意外なものだった。
「何?」
「おいらは確かに敵を倒せる程強くない。だけど足手纏いにだけは絶対にならないから…。それを試してみない?」
目の前にある剣が見えてないかのように、デューは真っ直ぐアイラを見つめていた。
先程までの微笑みは消え失せ、真剣な眼差しだけがそこにある。
「どうやって証明する気だ」
「アイラさんがおいらを攻撃してくれればいい。殺す気でいいよ?足手纏いになるぐらいならその方がいいからね」
正気とは思えない言葉だったが、本気なのは分かる。
アイラは頷くしかなかった。
最初の一撃…「殺す気で」と云われても、初めからそんな攻撃はし難い。取り合えず相手の腕を狙ってみたのだが、それはあっさりと避けられた。まぐれで避けたのではない。デューはアイラの太刀筋をしっかりと目で追っていた。
「なる程、云うだけのことはある」
「まぁね♪」
二撃・三撃と、今度は遠慮せずに攻撃を仕掛ける。しかし尽くデューは上手く避けていた。
そして―――。
次の攻撃を仕掛けた時、変化が訪れた。アイラの視界から一瞬デューの姿が消え、見つけたと思った時には少し距離のある位置に立っていたのだ。
しかも――
「これな〜んだ?」
そう言ったデューの手には、見覚えのある麻袋があった。
あれは…そう、アイラの財布。アイラはそれがないことを確かめる為に、まさかと思いつつそれがあるはずの場所に手をやった。
「なっっ!」
信じられなかった。戦いの最中にそんな物が盗まれるとは。
「これがおいらの特技だよ」
そういってアイラの財布を投げて返す。アイラは呆然としたまま財布を受け取った。
何ということだろう。こんな負け方があるなんて。隙を見せたつもりはないのに…。
「もう一度…いいだろうか?」
思わず口をついていた。
無駄だということは分かっている。デューが剣を避けた上で財布を取ったということは、敵の攻撃をくらうことなく相手の懐に入り攻撃することが出来るという証明だ。敵を殺すことまでは出来ないかもしれないが、確実に戦力をそぐことは出来るだろう。
分かっていたが言わずにはいられなかった。
「いいけど最後にしてね」
これはもうテストではない。アイラの意地だ。デューの戦法は分かった。もう決して盗られるような隙は見せない。
先程以上に、隙を作らないよう意識をしながら攻撃を仕掛ける。デューは相変わらず上手く避ける。
何度目かの攻撃の後、デューがまた視界から消えた。
財布は右側。そう思い右に視線を向けた瞬間、アイラは己の腰…左側に違和感を覚えた。
瞬間的にそちらに剣を向けようとしたのだが、思わず手が止まる。
違和感がそのまま躯の上を伝って、胸の下まで移動したのだ。
「デュ・デュー!!!!!」
叫ぶと同時にアイラはその場を離れた。
違和感の正体は見なくとも分かる。あれは手だった。デューの手だった。
「素直にさっきと同じことしたんじゃバレバレだからね。裏をかいてみました♪」
『だ・だからってこれは反則だ!!』
…そう言いたい言葉をアイラは飲み込んだ。正論だと分かるから何も言えない。
しばしアイラは何も考えられなかった。
デューに触られた部分の感触がまだ残っていて、くすぐったいというか何と言うか…。
己の常識を覆すその行動。
騎士であれば最低な戦法だろうが、デューは騎士ではなくて…。
予想外の行動とはいえ、私はデューに「負けた」ということで…。
アイラがデューを認めざる得なかったことは言うまでも無い。
その後、マーファ城からの敵を相手にした時、想像以上に戦い易かったことも言うまでも無いだろう。
これはイザークの王女アイラと、一人の少年のちょっとしたお話……。
END
|
|