それは晴れた日の昼下がり。
特に何をするわけでもなく、デューは城の中庭でぼんやりとしていた。これはこの少年には非常に珍しいことだった。普段、あれだけ騒いでいるデューだったが、たまにはこんな風にのんびり空を見上げることもあるということか。
「いい天気だよな〜」
眠くなりそうな陽気に、ほにゃり、と笑う。
「そうだな」
唐突に上から降ってきた声に、はっと顔をあげる。
「アイラさん♪」
ぴょこん、と飛び跳ねて起き上がると、デューはアイラと向き合った。シグルド軍に入ったばかりの頃よりだいぶ険が取れ、美人に磨きがかかったアイラは軍でも上位を争う人気ぶりだった。
デューもその1人であるのだが、彼の場合、周囲の男性陣が恋敵の数に入れていないため、比較的アイラに近寄りやすかった。アイラもデューが子どもであるせいか、あまり警戒心を見せない。実際、アイラを狙っているアレクなどは、彼女に近付くためにデューを利用する節もある。
デューはそのこと自体、あまり不服には思っていない。おかげでアイラとの時間も取れるからだ。もっとも、肝心のアイラにどう思われているのかは定かでないが。
(あんまし、『男』って思われてないよね〜…)
考えるように視線をずらした瞬間、目に飛び込んできた剣にデューは首を傾げた。
「アイラさん。その剣、どうしたの?」
アイラはデューの顔を少し見て、「ああ」と自分の持っていた剣を手に取った。
「これか。ホリンがくれたんだ」
「ホリンさんが!?」
闘技場でシグルドが負かした剣士でオードの血を継いている彼もまた、アイラを想っている1人だ。と、いうより彼が有力な恋人候補だろう。
「ふーん…。いい剣だね」
複雑な気分でデューは白銀の剣を見る。
「ああ。さっき試しに振ってみたんだが、切れ味もいい。何より軽いから、今までより早く攻められそうだ」
嬉々として語るアイラに、デューの気分はますます下がっていく。頭上に燦々(さんさん)と輝く太陽すら、憎らしくなっていくようだ。
それとは逆に、アイラの機嫌は上々。むっとしたような顔のデューに気付かないのか、剣をお披露目とばかりに振ってみせる。
「アイラさん。嬉しそうだねー」
上目遣いで睨むように見てくるデューに、アイラは苦笑しながら首を傾げた。
「どうした、デュー?変な顔して」
「…別にっ」
「別に、という顔してないが?」
困ったように肩をすくめるアイラは、どこかオトナの雰囲気を醸し出していておもしろくない。
(なんだか、オイラがずっと子どもみたいだ)
そう思うと、ますます意気消沈してくる。
「アイラさん」
「何だ?」
何となく、訊きたくて今まで訊けなかったことを聞いてみたくなる。
「…なんでもない」
でも、やっぱり怖くて聞けなくて…。こんな時、自分は子どもなんだなって思ってみたりする。でも、別にアイラさんと年齢かけ離れてるわけじゃないんだけど。
「なんでもなくはないだろう。話してみろ」
そう言われても聞けないことはある。
『ホリンさんのこと好き?』
なんて。
もしその答えが肯定だったら嫌だし、仮に否定されてもその先が気になるし。
でも……
「あの、さ。アイラさんて、好きな人…っているの?」
思い切って訊いてみる。さりげなく…、は無理だったが、子どものデューが尋ねてもあまり不自然ではない風を装った。
「いる」
きっぱりとした返答に、デューは眉をひそめる。
「それって…」
「シャナンだ」
にっこり、と、滅多に人に見せない笑顔を見せていうアイラに、デューは思わずこけそうになる。
デューとしては精一杯、勇気を振り絞って訊いてみたのに…。
「シャナンって…」
「そんなの当たり前だろう?シャナンは大切な王子だ。兄とも守ると約束をした」
笑顔のままの彼女の瞳は、強い意志を宿している。彼女だけが持つ、黒曜の瞳。この瞳に、惹かれた。
敵として現れた彼女は迷いのある眼をしていて、なんだか可哀想だった。どうにかしてあげたいと思った。捕らえられていたシャナンを助け出し、どうにかしてみせたのは実際にはシグルドだったのだが。
同じように戦ってきて、話す回数も増えて笑うようになった。初めて見た笑顔に自分の気持ちを気付かされた。
好きだな
って思った。
誰より強くて、誰より綺麗な女性(ひと)。
ライバルの多さに肩を落としたくなるくらいだけど、どうしたって自分は年下で子どもだからオトコのヒトとは見られないかもしれないけど、アイラさんが幸せになってくれればいいけど………。やっぱり、自分が彼女の隣にいたらいいのにって思う。
「オイラだって、アイラさんを守りたいのに…」
思わず呟いてしまった言葉は、言うつもりのなかったもの。
慌てて口を覆ってみても後の祭りで、ばっちりハッキリしっかり聞かれた台詞は、顔から火が出るほど恥かしいものだった。
「あああああ、あのあの、あのっ、あああ…」
すでに何を言っているんだかわからないデューに、アイラはくすくすと笑い声をたてる。
「私も、お前を守りたいと思うよ」
デュー
囁くように呼ばれた名は、聞いたこともないほど優しいものだった。
「え?」
ぽやん、とするデューの耳元に、アイラは唇を近づける。
「貴方が私を想ってくれているように、私も貴方を想っているわ」
甘く紡がれる言葉は、徐々にデューの全身に浸透していく。
言われた意味がわからないほどなら、恋なんてしていない。それほど自分は子どもでない。
「…ホント?」
でも、訊き方が子どもっぽいのは許して欲しいな。だって、なんだか信じられないんだ。貴女は美人で、自分よりずっと大人で、強いから。
「じゃあ、ホリンだって言って欲しい?」
「違うよ!!」
咄嗟に返した言葉にアイラはまた笑う。これは当分、デューに勝ち目はなさそうだった。
オイラのこと、好きなの?
私は『貴方が想うのと同じように』と言ったはず。なら、デューは私のことが好きなのね。
……………ずるい………。
END
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