ふと目の前が真っ白になった。 そう感じた瞬間、アイラは膝を付き、倒れていた。
ここはシレジアのセイレーン城である。アイラが目を覚ましたのは、医療部屋の一室であった。 「良かった、起きたのね」 エーディンが優しく微笑む。どうやらアイラの目が覚めるまで、付き添ってくれていたようだった。 一体どれだけの時間眠っていたのだろうかと気になり、アイラは窓を見る。だが窓に差し込む日を見る限り、たいした時間ではないらしい。 「あなたが倒れるなんて珍しいわね。そんなに辛い相手だったの?」 アイラは倒れる前、闘技場で戦っていた。その日の対戦者がいなくなるまで戦っていたのだが、それは毎度のことである。 「…いや、多分闘技場は関係ない」 あまり強いと感じる相手はいなかった。しかし、だとすれば一体何が原因なのだろうか?アイラは考えを巡らす。 風邪はひいてない…他の病気の症状もない… 「月のものだってまだだし…体調は悪くないはずなんだが…?」 思い当たることは何もなかった。 「そうなの?でも原因が判らないなら尚更、大事を取ってゆっくりしてね」 そう言ってエーディンは立ち上がる。 「あ、そういえば」 「何だ?」 「デューが心配しててね、この部屋に入りたがってたんだけど、女性の寝てる部屋に入れるわけにもいかないでしょ?だから外で待たせてたのよ。アイラが起きたこと、教えてあげなくっちゃ」 (デューの気持ちを知ってる分、尚更ね…) と、エーディンは心の中で付け足す。 デューはアイラを好きである。そのことを皆知っていた。 確かに二人は仲が良いが、だからといってアイラもそうとは限らない。実際、アイラに言い寄って来る男は他にもいる。アイラが年下を相手にするとは思えなかったし、本命はホリンだろうと皆、噂しているのが現状であった。 自分もいるとはいえ、寝ているアイラに近づけるわけにはいかなかったのだ。 しかし、夫と仲の良いデューを応援したい気持ちもあったエーディンは、いそいそと部屋をあとにした。
重い扉が開き、また閉じられる。 具合が悪いつもりはないので起きようとしたアイラだったが、後の訪問者に怒られそうだったので大人しくすることにした。 「心配させてしまったか…。待ちくたびれているだろうな」 エーディンの許しが出るのを、今か今かと待っているデューの姿を思い浮かべ、アイラは一人笑った。 アイラは、自分達が皆にどう噂されているのかを知っている。しかし、噂は噂でしかない。実はアイラもデューを愛していた。デューの明るさには何度も救われた。確かに最初は年下ということもあり、意識をする気などなかったのだが…。人の想いとは、そんなものなのかもしれない。 ふと、アイラは一つの考えにいきあたる。自分が倒れた原因だ。月のものはまだと思ったが、違っていたのかもしれない。そう、『まだ』なのではない。『ない』のだ。それしか考えられなかった。 再び扉が開いた。今度はデューを迎える為に。
「大丈夫!?アイラさん!!」 「お前の所為だ!!」 思わずアイラは叫んでいた。嬉しさと、気恥ずかしさと、どう伝えるべきかで悩み、顔は真っ赤になっていた。
暫くこのことが噂になったのは言うまでもない。軍、最強の剣士が妊娠。しかも相手は手癖の悪い盗…いやいや失礼、年下の少年だったのだから。
END
あとがき
短く『サクッ』と読めて、尚且つそれなりに承転結のある話を書こうと意気込んで出来たのがこれです(苦笑)正直かなり難産でしたが、私自身は気に入ってるオチだったりします。 ・・・実はこの話、「何で医者にバレなかったの?」という質問がくるかな〜と冷や汗ものだったのですが (「一体どれだけの時間眠っていたのだろうかと気になり〜たいした時間ではないらしい。」という文章は、初めはなかった) 、皆さん親切で気にせずにいてくれました(笑) 兎に角この話のウリは、アイラの「お前の所為だ!!」です。読んでくれた方が、つい笑ってくれるといいなぁ・・・と、思ってます♪
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