その時彼女は

 愛しいあの娘にキスをした。それは、つい先日の出来事である。

 スカサハは、幼なじみであるその娘のことを想い続けていた。ずっとその娘はセリスを好きだと思っていたのだが、実は間違いで、その娘も自分を好きだったと最近知った。

 ―幸せはこれから綴られてゆくのだ―




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 ティルナノグの子供達は仲が良い。中でも、スカサハとラクチェ、マナの三人は仲が良かった。 スカサハはラクチェを心配して傍に立つ。ラクチェはおとなしいマナを気に入って連れ回す。 お決まりの構図だった。スカサハとマナの気持ちが通じ合ったとはいえ、その関係は変わりようもない。
「なぁマナ、ラクチェを見なかったか?」
 見張り交代の時間だというのに、ラクチェの姿が見当たらない。
「まいったな…。セティとフィーが待ってるってのに」
「ごめんなさい、私も見てないわ」
「………」
「………」
 何となく訪れる沈黙。 意識するつもりはないのだが、やはり照れてしまう。変わってないつもりでも、変化はあるものなのだろう。
 昨夜もラクチェがいなくなり、二人きりになった。 隣に立つその娘があまりに愛しくて、儚くて、壊れてしまわないよう、そっと肩を抱いた。 肩のところで切り揃えられた髪があたり、くすぐったかった。初めて触れた唇は、とても柔らかかった…。
(…と、まずいまずい)
 我に返る。今は優先すべきことがあるのだ。
「仕方ない。セティ達にはもう少し待ってもらって、山の中を探しに行ってみよう」
 ラクチェは山やそこに住む動物を好んでいた。姿が見えない時には、山で休んでいるのが常だったのだ。




 トラキアの山々は、スカサハ達が育ったところと違い小動物の姿があまり見られない。 きっと小動物の好む草木や木の実が少ない為だろう。 スカサハも、植物があまり育たない険しい場所だと聞いてはいたが、これほどとは思わなかった。
 故郷と違い、生き抜いてきた強さが感じられるこちらの生き物は、スカサハ達を歓迎してくれているようには感じられなかった。
「?…何か変だな…」
 暫らく歩いた時、ふいに空気が変化した。
「そうね…どうしたのかしら?………動物達が…騒いで…る?」
 遠くで金属がぶつかり合う音がした。
 二人は目を合わせ、音のした方角を見る。
「くそ!偵察兵か!!マナ、悪いが先に援護に向かわせてもらう!!」
言うが早いか、スカサハはすでに駆け出していた。急ぎ、ラクチェのもとへ向かう。
 姿が見えた…そう思った瞬間、ラクチェが敵の一人を切り倒す。そして、もう一人の敵がラクチェの背後に周った。
(間に合うか!?)
「風の剣よ!!」
 魔法剣が唸りを上げて風を巻き起こす。急いでいた為狙いは擦れてしまったが、それで十分だった。突然の魔法攻撃に慌てる敵。その隙を逃さず、ラクチェが止めを刺した。
「ふう、間に合ったか」
「バカスカ!後ろ!!」
 その声に反応し、その場を飛びのく。左腕に鋭い痛みを感じたが、そのまま敵に向かって行った。 微かに体が光る。瞬発力を一時的に高め、通常の倍の速さで相手を切りつける剣技…イザーク王家に伝わる技だ。勝負は一瞬の内に終わっていた。


「痛てて…。二人じゃなかったのか」
「二人ならもっと楽だったわ。大丈夫?スカ」
 思っていたより深い傷だったが、すぐにマナが来て治してくれる。 それよりラクチェが無傷であったことに安心した。
「平気だよ、これくらい。マナがもうすぐ来てくれるしな」
「何それ、のろけ?」
 そんなつもりはなかったのだが、確かにそう聞こえてもおかしくない。
「マナ昨日嬉しそうにしてたわよ〜?何があったかは教えてくれなかったけど…と、あ、マナだ」
 二人の姿を見たマナが駆け寄って来る。
 つい、スカサハは想像してしまった。自分の怪我を見て、慌てるマナの姿を。 そして彼女は『心配させるな』と怒りながら傷を治してくれるのだ。 そんな姿もスカサハにとっては愛おしい。


…だが、
「大丈夫!?ラクチェ!!」
 一瞬聞き間違えたかと思った。しかし、確かにマナは自分ではなく妹を看ている。
「もう!心配ばっかりかけて!!怪我はないの?大丈夫?」
 怪我をしているのはスカサハの方である。 ラクチェが苦笑しながらこちらを見ていた。
 以前とは少し違う。 …そう感じたのは気のせいだったのかもしれない。腕の痛みとともに、実感せざるをえないスカサハだった。


END




あとがき


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