「良き友人を持ったな」 「はい、彼は僕の大事な親友です」
アルヴィスとアゼルの言葉を、レックスは嬉しい反面複雑な気持ちで聞いていた。 親友とは何なのか…。 アゼルは最近知り合った、エーディン公女の話ばかりしている。まだ何も聞いてないが、近い内に『彼女が好きなんだ』と告白されるだろう。 最初のうちはまだ良かった。普通に話を聞いていた。しかしずっと続く彼女の話に、次第に疲れてきてしまった。油断すれば洩れそうになる言葉… 『どうせ無駄だから諦めろ』 冷たく言い放す自分の姿が、容易に想像出来てしまう。年上の女性に憧れるのはよくあることだ。自分も経験あるだけに、今のアゼルは昔の自分を思い出して嫌だった。 (親友…本当に親友なら、こんなことは考えないはずだよな) アゼルの言葉を反芻し、自己嫌悪に陥る。
「どうしたの?レックス。ぼーっとしちゃってさ」 アルヴィスと話をすませたアゼルが、いつの間にか自分の顔を覗き込んでいた。 「え?あ、いや……仲の良い兄弟だと思ってな」 咄嗟に嘘をつく。とはいえ、普段から思っていることなので、完全な嘘でもない。自分は兄と仲が悪いので、正直アゼルが羨ましくもあった。 「仲?うーん…そうだね。レックスのところと比べたら、確かに仲良いかもね。でも…」 「でも?」 「ううん、何でもない。僕は兄さんを尊敬してるよ」 屈託ない笑顔で答える。 「アゼル様ー」 城の侍女が呼ぶ声がした。 「さて、俺は帰るか」 「え?レックスもう帰るの?」 「ああ、また遊びに来るよ。またな」 残念そうな顔をするアゼルに対し、レックスは背を向けた。しばらく歩くと、侍女と楽しそうに会話するアゼルの声が聞こえた。
アゼルは優しい。そして誰とでも笑顔で接する。 レックスは苛ついていた。それは何故なのか…次第に原因が解ってきた。 『嫉妬』 自分はアゼルのように笑えない。兄とは仲が悪く、侍女とも距離がある。レックスの初恋の相手は娼婦だった。彼女は身請けしたいと言うレックスに対し、『ぼうやに興味はないわね』と言って、二度と会ってはくれなかった。これがアゼルなら、同じ断られる結果だとしてもあんなに冷たく当たられることはなかっただろう。 暫くアゼルには会いたくなかった。
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嫉妬していることに気づき、会わなくなってから三ヶ月が過ぎようとしていた。 「あ、父上」 「レックス聞いたか?ヴェルトマーのアゼル公子が今、生死を彷徨う重態らしいぞ。なんでも、毒を盛られたそうだ」 背筋が凍る思いがした。 「アゼルが危ない!?」 顔を見るのが辛かった…だからといって、二度と会えないことを望んでいたわけではない。あくまで己の気持ちが整理出来るまでのはずだったのに。 レックスは飛び出していた。自分を「親友」と呼んでくれた友に会う為に。
「アルヴィス公!!アゼルは…アゼルの容態はどうなんですか!?」 「ああ…君か。丁度良かったな。アゼルなら大丈夫だ。熱も大分下がって、命に別状はないと言われたところだ」 「あ…」 力が抜け、その場に膝を付きそうになる。その肩をアルヴィスが支えてくれた。 「ふっ…会っていくか?まだ寝ているが、起きたときに君がいればアゼルも喜ぶだろう」 「え?・・・しかし・・・」 心配なのは確かだが、改めて「逢う」ことを考えるとこの三ヶ月間の自分が抵抗した。自分に逢う資格があるのか?と。 「どうした?遠慮はいらんぞ?」 「・・・はい、ではお言葉に甘えさせてもらいます」 資格は自分が決めることではない。アゼルが決めることなのだから―。
奥の部屋に案内され、ベッドに横たわるアゼルを見た。久しぶりに会ったアゼルは顔色も悪く、痩せてしまっていた。五日間も毒で苦しんでいたらしい。当然だろう。 「バカだよなぁ俺。お前に嫉妬したりしてさ…」 誰にともなく話しかける。アルヴィスの配慮で、今、この部屋には二人きりだった。 「誰にでも笑顔で話せるお前が羨ましかった。…だけどさ、お前の笑顔にこそ、俺は救われてたんだ。もう笑ってるお前に会えないかもって思ったら辛かったよ」 アゼルはレックスにとって初めての友人だった。友人と過ごす楽しみを教えてくれた人物だった。 「早く元気になれよ。また一緒に遊ぼうぜ」 ぴくっ… アゼルの指が動いた。そして、瞳はこちらを見つめていた。 「レックス?……久しぶり…来てくれたんだね………あれ?…泣いてるの?大丈夫?」 「!?バーカ、大丈夫じゃないのはお前だろうが!!」 「あはは……そうだね。流石にちょっとしんどいや…」 「まだ寝てろよ。ちゃんと付いててやるからさ…」 「うん…ありがと……お休み…」
アゼルが起き上がれるようになったのは、それから三日経ってからだった。本調子でないアゼルの為に、レックスは暫くヴェルトマーに留まった。 後に、レックスはアゼルの思いを聞く。仲が良いと思っていた兄弟は、微妙に違っていた。確かにお互い大事に思い合っている。だが、アゼルはアルヴィスが怖いのだと言う。原因は解らない。が、恐怖心が拭えないのだと。 幼い日に母にそれを言うと、なんてことを言うのだ、と、諫められた。アゼルは、自分達親子が生きていられるのは、正妻であったシギュンとアルヴィスの御陰なのだと聞かされ育った。アルヴィスを恐れるなど、あってはならないことだったのだ。 その日以来、アゼルは常に笑顔でいることを覚えた。 「お前も苦労してんだよな」 「苦労って程じゃないよ。兄さんのことは好きだしね」
二人は少しだけ楽になった。
数年後、エーディンが攫われたことにより、ヴェルダンとシアルフィの戦いが始まる。そこには『親友』と確かに呼べる、レックス達の姿があった。
END
あとがき
アゼルとレックスの話を読んでみたい…と、掲示板に書かれたのが始まりでした。
で、この二人は、当人含めた誰もが認める「親友」なんだという話を書きたくて、過去の話にしてみました。
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