そしていつも笑顔

 ―泣き声
次には走る足音。
そしていつも笑顔。


『お姉さま』の話をする時のお母様の顔は、いつも楽しそうで、だけど最後は悲しそ うに目を伏せる。
お母様の『お姉さま』・・・私の叔母様にあたる人は、ティルテュと言ってお母様と は一番歳の近い姉妹だった。
身体の弱いお母様とは違って、とても活発な女の子だったらしい。
幼馴染のレックス公子やアゼル公子と、男の子に混ざって遊んでいらしたのだと。
お母様はそう言いながら笑う。
そして私を手招きして、耳元に囁くの。
『お母様の初恋はね、そのレックス公子だったのよ。』
三人は、どんなに楽しい遊びだったとしても、途中で止めて城に帰って来る。お母様 にどんな遊びをしたのかお話する為に。
懐かしそうに細めた瞳に涙が浮かんだら、お話はおしまい。私はお母様の顔を見ない ように、瞳を閉じるの。

お母様が病気で亡くなって、ブルーム伯父様の家に引き取られてすぐに、同じくらい の歳の女の子と出逢った。
ティニーと言う名前で、お城の余り広くないお部屋の中に隠されるように住んでい た。
私には無い、フリージ特有の銀色の髪を持つその子が、ティルテュ叔母様の子供だっ て・・・私の従姉妹なんだって知って、ブルーム伯父様に秘密でその部屋に入った の。
ティニーはその時泣いていた。

「どうしたの?」
声をかけた私に、ティニーはびくりと肩を震わせて、怯えるように私を見た。
涙を湛えていても、瞳が奇麗な赤色だってすぐに解った。
赤い瞳は、ヴェルトマーの特徴。
一度だけレプトールおじいさまから―私がまだ生まれてない時に亡くなられたのだけ れど―お母様に渡された手紙。
ティルテュ叔母様がヴェルトマーのアゼル公子とご結婚なさったという報せ。
その時のおじいさまのお顔は、嬉しさと悲しさとが混ざっていたのだって、お母様が 話してた。
目の前のこの子は、お二人の子供なのだわ。
「私はリンダ・・・」
「・・・・私はティニー・・・・」
小さな声。私も、人とお話するのが苦手だけれど、この子はもっと大人しい子みた い。
「どうしたの?何で泣いているの?」
「・・・・お母様が・・・死んじゃったの・・・」
言葉にしたコトで、再び涙が瞳にぷくりと盛り上がり流れ出す。
「知らないおじさんがたくさんお家に来て、お父様がいない時に、お母様と私をここ に連れてきてしまったの。お母様は此処に着く前に死んでしまった・・・」
ティニーはそう言って顔を覆う。
「お父様も、お兄様も、何処にいるのか解らない。ティニーは一人ぼっちになってし まったわ・・・」
「一人じゃないわ。」
リンダは自然にティニーに手を差し伸べていた。
「ティニー、私のお母様はエスニャと言って、貴方のお母様の妹だったの。」
「それじゃあ・・・」
「私は貴方の従姉妹だわ。」
そう言った時の、ティニーの笑顔が忘れられない。
ふわりと微笑んで、あぁ。この子は私が守ってあげなくちゃ。
そう思えるような、可愛い笑顔だった。
本当はきっと、あの子を守るという使命を持つことで、私が一人ぼっちの寂しさを紛 らわせたかっただけかもしれない。
あの子が泣く声がする。
私の走る足音がする。
そしていつも笑顔。




あれから、もう八年。泣き虫だったティニーが、今では生き別れたお兄様と再会でき た。
そして一緒に、解放軍に従い、こうして戻って来るんだね。
少しは強くなったと思ったのに、まだ泣いているの?
もう、ティニーが泣いても私は走って行ってあげられないよ?
だって、私はブルーム伯父様から逃げられない。
ごめんねティニー。
本当は、貴方の方がずっとずっと強かったんだね。
泣き虫なティニー。大好きなティニー。

私から流れた涙。
ティニーが駆け寄る足音。
そしてやっぱり・・・

「リンダ!」
「ティニー、良かったね。お兄様に会えたね。」
「リンダ、嫌だわ・・・お願い死なないで・・・・」
「仕方ないの。だって、私は強くなれなかったんだもの。貴方みたいに、飛び出して しまう強さが・・・」
あぁ。きっと、お母様もそうだったんだわ。
細めた瞳に浮かんだ涙は、哀しみの涙。
ティルテュ叔母様を失った哀しみ、自分がそう出来なかった哀しみ。
羨ましかったわ、ティニー。貴方のことが。

最後も笑顔。


END


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