「ミデェールさん・・・折り入って、相談したいことがあるんだ」 
そう切り出したデューは、いつもと違って真っ直ぐにこちらを見ないし、何かちょっと頬が赤くなってて、指はもじもじさせてるし、片足は後ろでトントントントンと忙しなく床に叩きつけてるし・・・
とにかく、変だった。 
「あ、うん。じゃあ今、ちょうどお茶にしようと思ってたところだから、一緒にどう?」 
「え、あー・・・それって、ジャムカも?」 
「何だ、俺がいたら具合悪いのか?さてはお前、また悪いこと考えて・・・」 
「そんなんじゃないよっ!ミデェールさん、後でオイラの部屋に来てねっ!」 
ほとんど叫ぶみたいに、そう告げて、デューは部屋の前から駆け出した。 
流石に軍の中で一番足が速いだけあって、最後を言い終わる頃には突き当たりの角を曲がっていて。
 
「どうしたんだ、デューの奴・・・」 
ジャムカはあからさまに自分が仲間はずれにされてるコトに不貞腐れてるけど。 
僕は見たんだ。 
部屋からジャムカが出てきた時に、デューの表情が変わったこと。 
瞳が潤んで煌き、頬がサッと上気した。 
アレは・・・・・・ 
「おいミデェール、この前作ったクッキーどこだよ」 
「あ、はい。その缶の中に・・・」 
嫌な予感はぷるぷると頭を振って中断して。 
とりあえず、お茶の時間を楽しむことにした。 
たぶん・・・デューの話を聞いた後に、お茶を楽しむ心の余裕はないだろうから・・・ 
 
 
 
 
 
 
 
ミデェールは、デューの部屋の前で、ノックをしようと腕を上げた体勢から動けなかった。 
手首を約九十度傾けて、自分の手の第二関節の辺りを木の扉に打ち付けるという極簡単な行為の先に、何が待ち受けているか、予感があったからだ。 
―何を恐れてるんだ!デューが、あんなに深刻そうな顔をして、僕に助けを求めてきたのに・・・ 
  どんな相談だって、正面から受け止めてあげなくちゃ駄目じゃないかっ!!! 
心の中で自分を叱責する声が聞こえるのだけれど、身体はなかなか言うことを聞かない。 
一・二の三で勢いつけて、漸くノックを。 
 
 
「デュー…僕だけど」 
「ミデェールさん?」 
カチャリと内側から開いた扉から、デューが顔を覗かせた。 
先ほどとは違い、落ち着いた様子のデューに、ミデェールはほっと胸を撫で下ろす。 
「入って、入って。ごめんね、いきなりこんな…」 
「いいよ。あ、クッキー持ってきたよ。この前デューが美味しいって言ってくれたヤツ」 
「あ、ありがとー。お茶入れ…る?」 
「うん、頂くよ」 
いつもと変わらぬ会話の運びに、ミデェールは安心しきった。 
さっきのは、ただの早合点だったんだ。 
だって、デューがジャムカに…なんて、そんなことあるワケない。 
 
 
 
「それで、話って何?」 
「うん…あのさ、こんなこと言って……ミデェールさんに、変な誤解されたくないんだけど…」 
デューが躊躇いがちにカップをテーブルに置き、ミデェールを見つめる。 
その目が、先ほど、ミデェールの部屋で見たデューの所謂…『恋する目』に戻っていたことに、ミデェールはお茶をごくりと飲み込んだ。 
「オイラ…こんなの、駄目なことなんだって、解ってるんだ。でも……どうしょうもなくって…」 
「デュー…?」 
「オイラ…オイラ、ジャムカの…」 
「待った!」 
それ以上の言葉を聞く心の準備が出来てないとばかりに、ミデェールは手を広げてデューの言葉を切った。 
これは、やはりそういうことなんだ。 
見間違いじゃなかった、ジャムカを前にして赤らめたデューの頬は。 
早合点じゃなかった、その反応を…『恋』と捉えたのは…… 
―ど、どうしよう 
同性愛を否定するつもりはない。ないけれど、でも、親友の二人がそういう関係になられると、ミデェールとしては何とも言えない微妙な状態になることは明白だ。 
いや、待て。自分のことより、デューのことを考えるべきんじゃないのか。 
ここで自分が何を言うかによって、前途ある少年に、本来なら進まなくていい茨の道を進ませることに… 
「ミデェールさん、聞いて!」 
「待って、デュー…解ってる。確かにジャムカはとてもいい人だし…いや、いい男なんだと思う。同姓から見ても。 
だけどね、デュー。君にはアイラ王女という…」 
「だから、違うよ!聞いてったら!」 
「いや、君の想いを否定しようとしているんじゃないんだ。 
でも、もしかしたら一時の気の迷いということもあるじゃないか。落ち着こう。そう、落ち着いてみよう」 
「落ち着くのはミデェールさんだよ。オイラはジャムカの…」 
「いや、デュー!その先は言わないで…」 
「ジャムカの額のポッチが気になるんだ!!!」 
「うん、気になって仕方ないんだよね。解るよ、僕だって、エーディン様の顔グラフィックの髪は鬘にしか……は?ポッチ?」 
顔を上げたミデェールは、デューがちょっと膨れて頷くのを見た。 
「だから、誤解されると思ってたんだ」 
「ポッチって?」 
「赤い点だよ」 
「アレが…気になるって?」 
ミデェールは、思いもかけなかったデューの言葉に、口を開けたまま問い返す。 
それを見て、デューは肩を竦めて話を続けた。 
「ジャムカのさ、あのポッチは一体何なんだと思う? 
オイラは最初、アレは黒子だと思ったんだ。でも、赤いじゃない?赤い黒子なんて見たことないし… 
じゃあ、何かヴェルダンの慣習なのかと思ったけど、ジャムカ以外にあのポッチを付けてる人なんかいなかったでしょう?」 
「あー…あのポッチか……何か塗ってるんじゃないの?」 
「じゃあ、ミデェールさんはジャムカの額からあのポッチが消えたところを見たことがある? 
もしくは、ジャムカがあのポッチを額に書き込んでいるのを見たことがある?」 
「え、いやないけど…」 
「オイラ、気になり始めてからずっとジャムカを見てた。 
そう、ミデェールさんがオイラがジャムカに恋してると勘違いしてくれるくらいにね。 
けど、一度だってあのポッチは消えなかった。そう、あのポッチはジャムカの身体の一部なんだ!」 
 
興奮に任せて大声を出し、デューは肩で息をしながら、いつの間にか立ち上がっていた自分の身体を椅子に押し戻した。 
ミデェールは、デューの様子にちよっと引いてる。 
「えっと…でも、どうしてそんなに気になってるの?」 
「うん…あのポッチを、押したら何か起こるのか…って……」 
その言葉を聞いた瞬間、ミデェールは目からビームを照射するジャムカを想像し、胸が高鳴った。 
そんな…そんな楽しげなことを考えたこともなかった! 
ミデェールの表情に、デューは彼が自分と同じ興奮に至ったのだと知り、手を取った。 
「ミデェールさん、オイラ…一人じゃ怖くて確かめられなかったんだけど…」 
「うん、うん…僕も協力するよ。デュー、二人でジャムカのポッチの謎を確かめよう!」 
興奮に上気した頬、高めの声。こんなにテンションの高いミデェールは珍しい。 
ガシっと手を握り合った二人の目はキラキラと輝いていた。 
 
 
 
 
以後、一月程。某ヴェルダン王子の側には、恋する乙女の瞳で熱い視線を注ぐ男子二名。 
それを取り巻く女性陣の冷ややかな視線、もしくは何かを期待する視線。 
男性陣の一部から、何故か羨望の視線が向けられていたとのコト。 
その中心には、今日も赤いポッチがあったという…
 
  
END 
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