すれ違い

 もうすぐ大学が二月の長期休暇に入る。
「久しぶりに陽子に会いに行くかなぁ」
20代半ばの青年が一人、卓上で物思いにふけっていた。

 最後に彼の友人に会ったのはいつだっただろう?
戴冠式で会って、それ以来だ。景国の王となった彼女は大変だ。
会いたいとは思うのだが、そうそう簡単に会いに行けはしない。
相手の立場は勿論、こちらの大学が忙しいということもあるし、旅費の問題もある。
「多分・・・この調子なら学費もなんとかなるしな。もしもの時を考えても、旅費を 切り詰めればどうにかなると思うし・・・。会いに行くか」
そう決めたことで顔が自然に綻ぶ。
結局は逢いたいのだ。多少無理をしてでも彼女の国へ向かいたい。
 今回こそは・・・と、なんとはなしに気合が入る。

 慶国への旅の準備をしようと楽俊が立った時、扉を叩く者があった。開かれた戸の前に いるのは鳴賢と呼ばれる友人。
「よ、文張。今一寸いいか?」
「ああ、勿論」
楽俊が返事をするかしないか、ほぼ同時に鳴賢は寝台に腰をかけていた。
「今度の休みな、俺の家に来ないか?」
「へ?」
「親がな、楽俊のことを手紙に書いたら興味湧いたらしくってさ。
良かったら家に招待しないか?とさ」
「え・と・・・」
「まぁあの親のことだからなぁ、来たら家の手伝いさせられると思うから無理に誘う気は ないんだが・・・。だけど駄賃は出るし、近くに良い弓の練習場もあるし、ここの図書府程 揃いは良くないが、本を貸し出してくれる施設もあるんだ。だから折角だし誘っておく」
「・・・鳴賢の家は確か、片道約一週間の距離って云ってたよな」
「ああ、そうだけど。?もしかして何か予定あったのか?なら別にいいぞ?」
「いや・・・」
鳴賢の家は慶国とは逆方向。帰ってから慶に向かったのでは、二ヶ月間の休みでは足りない。
――旅費と学費が楽俊の頭をよぎる。
鳴賢に悟られない程度に、小さく息を吐いた。
「手伝いはいいけど、あんまりこき使ってくれるなよ」
「はは、云っておくよ」
二人顔を見合わせると、自然に笑いが込み上げてきた。
「じゃ、休みに入ったら詳しいこと云うよ。またな」
「ああ、楽しみにしておく」




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 金波宮にて溜息が一つ。

「陽子ったら浮かない顔ね。楽俊から鸞鳥が来たんでしょ?」
 いつもなら楽俊から鸞鳥が届いた後の陽子は機嫌が良い。珍しいこともあるものだと、祥瓊は 声をかけた。
「まさか楽俊に何かあったの?」
口にしてから、いや、例外もあったかと思い出す。
「はは〜ん、楽俊また予定入ってるのね」
陽子は素直に頷いた。
「大学の友人の家に誘われてるんだってさ」
戴冠式からずっと会っていない。その姿を忘れることも、その声を忘れることも決してありは しないが、忘れることがないから逢わなくて良い…ということはない。
元気な姿を見たいと思うのに、お互いのやるべき事が邪魔をする。
楽俊の都合の良い時には陽子が忙しく、陽子の都合の良い時には楽俊の都合が悪い。
楽俊が此方に来てくれるのなら、宿は勿論旅費もどうにかするつもりでいるのだが、それを言って 楽俊を慶に誘うことは出来ない。きっと、一番手っ取り早いのは景麒に使令を借りることなのだが、 火急の用でもなしにそこまで出来ない。
「嗚呼もう!鳴賢が恨めしいな。私が誘う前に楽俊を誘わないでほしいよ」
「陽子ってばまた無茶言ってる」
「分かってるんだけどね。でも鳴賢に邪魔されることが一番多いような気がするから、やっぱり悔しい」
ついつい、私が雁に行ってやろうかと口にし、案の定祥瓊に窘められた。



――――どうにも二人の再会はまだ遠いようだ。


END




あとがき


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